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株式会社旭川システムサービス 清野敏行社長 寄稿コラム 第2回 ~測量機販売編〜

株式会社旭川システムサービス 清野敏行社長の寄贈コラム。第2回のテーマは、清野社長の新入社員時代についてです。

「高額な距離計を自分の力で売る」と心に決めた新入社員時代。

私がこの業界に入ったのは、1967(昭和42)年4月のことです。かれこれ50年も昔の話にもなります。生まれて初めてレベルを覗いたとき、遠くのものがすぐ目の前にあるかのごとく見えたのにはとても驚きました。

しかし、何といっても一番驚いたのは当時の距離計でした。とても大きな機械なのですが、光で距離を測ることができるのです。

当時の旭川は道路のほとんどが砂利道で、信号機もわずか数カ所に設置されているだけでした。ほとんどの家庭で、テレビはまだ白黒だったと思います。そのような時代に、光を利用して距離を測るというのですから、ただただ「すごい!」の一言でした。価格はなんと600万円。当時の私の初任給が12,000円ほどですから、その500倍にもなる高額な製品になります。でも、そのときの私は、「この業界に入ったからには、自分も定年までにはぜひ売ってみたい」と心から思ったのです。

そして、そのチャンスは意外と早く訪れました。

1972(昭和47)年、米国のヒューレット・パッカード社からHP-3800Bという距離計が発売され、私が担当していた旭川の測量会社さんに納品することができたのです。当時は一式270万円と安くなってはいましたが、説明のためにお客さんと一緒に山に登ったり、旭川空港の測量にも立ち会ったりしたものです。

 

初めてのGPSを販売。そして、そのGPSは今……

HP-3800Bの納品を境に、距離計は右肩上がりに売り上げが増えましたが、とある現場で説明をしているとき、お客さんからこんなことを言われました。

「距離を測るにはプリズムまでの視通が必要で、障害物になる木を伐採しないとならない。これが非常に大変な作業だ。将来、この杭の上に機械を置くだけで位置が表示されるような製品ができるのではないかな」

この言葉がずーっと頭の中に残っていました。

それから時が流れて1990(平成2)年、私は初めてGPSと出会いました。当時はまだ測定に時間がかかるものでしたが、まさにGPSこそ、私が今まで思い描いていた機械だったのです。

GPS一号機の納品先となったお客さんも、やはり旭川で測量をしている方でした。トンネルなどの仕事が多く、試験的に一緒にGPSで測量を行うことにしたのです。朝のまだ薄暗いうちからGPSを設置したり、川を越え、山に登り、GPS観測を行ったりしました。仕事は大変でしたが、非常に良い結果が出ました。

そのお客さんは一人で仕事をしている方で、「これからはGPSの時代だ。でも高いんだよな」と悩んでいるようで、ある日、電話があって行ってみると、「GPSは欲しい。でも高いので、非常に迷っている」と相談を受けました。当時のGPSは、3台セットで約2,000万円もする高額な製品だったのです。

二人でしばらく沈黙が続いたところで、私は「社長、思い切って買いましょう」と切り出しました。すると、お客さんは「分かった。買う」と言ってすくっと立ち上がり、茶ダンスの一番上の戸を開けて、新聞紙に包まれたものを私の目の前に置きました。新聞紙を開けてみると、なんと中身は300万円の現金でした。それを「頭金だ」と言って渡してくれたのです。

1991(平成3)年2月25日。これが、北海道で一号機のGPSが売れた日となりました。

実はこのときのGPSは現在、旭川の測量資料館で大切に展示してあります。